長月の中頃、店を訪れたは、いつもそこにある姿が見えない事に気付く。





「あ、ちゃん、いらっしゃい。」
笑顔で声をかけてきた近藤が、の浮かない顔を見て尋ねる。
「もしかして容保さんを探してる…のかな?」
心を読まれたようで、焦ったは慌てて頭を振った。
「いっ…いえ!別にそういう訳じゃ…」
「隠さなくてもいいんだぜ?」
顎に手を当てにやりと笑いながら、ふと近藤の顔が真剣になる。



「折角来てくれたんだけどさぁ、今日は容保さん非番なんだよねぇ。」
「そう…だったんですか。」
今まで何度か来店したが、オフの日を聞いたことはなかった。
まだ永久指名をしていないのだから、仕方がないといえば仕方がないのだが………



「容保さんじゃなくて悪いんだけど、今日の相手は俺でもいいかい?」

「えっ!?」

「嫌なら別の人に変わるけど?」

「嫌だなんて、そんな事ありません!!」



突然の申し出には驚いた。
店のNo.1がヘルプに付いてくれるとは、何と贅沢な……
榎本の計らいなのか、近藤が個人的に容保に気を使っているのか。



「ありがとうございます。」
「それでは、お手をどうぞお嬢さん。」
近藤は屈託のない笑顔を見せると、の手を取り、テーブルまでエスコートしていく。
飲み物を運んできた原田が去った後、近藤は声を低めて話し始めた。
「実は容保さんさ、今月末まで休みなんだよね。」
ホストが長期の休みを取る事は、稀ではない。
暫く会えないのかと思うと、淋しさが込み上げ、
は知らずのうちに溜息をついていた。



「容保さんが、元は会津の人だってのは、源さんや藤堂くんから既に聞いてるよね?」

「はい。……もしかして、会津で何かあったんですか?」

容保と言えば、会津に支店を持ち、そこの経営をしていながら、
五稜郭店へと赴き、暫しの間滞在する…という話を聞いた。
まさか、会津へ戻る事になったのだろうか?
不安での顔が見る見る曇っていく。


「あった…といえばあったんだけど。そんなに深刻にならないでくれるかい?」
近藤は、ぽりぽりと頬を掻きながら、苦笑する。


「長月にはさ、会津公行列っていう祭があるんだよ。
その祭には容保さんも必ず出席しなければならなくてねぇ。」


会津公行列では、松平容保は主賓である。
出席するのは当然の事である。
「で、その際会津店でも色々やるらしくて、
その準備やら何やらに追われてるって訳さ。」
「色々と大変なんですね。」
そのような事情ならば仕方がない。
だが、会えないのはやはり淋しいものである。
会津まで会いに…と言いたい所だが、そう容易く足を運べる距離ではない。
心ここにあらず、といった様子でグラスに口を運ぶに、近藤が声をかける。
「ねぇちゃん、今度の日曜は暇かい?」
「日曜…ですか?」
特に用事は…と答えると、近藤が満足そうに微笑んだ。



「じゃあ、その日一日空けておいてよ。……そうだなぁ〜昼五つ時に店に来てくれる?」



「えっ!?」

「決まりね!」

何が何だかよく分からないうちに、日曜に近藤と会う事になった。
もしや、デート…ということなのだろうか?
















日曜、は言われた通り、午前8時に倶楽部五稜郭へ向かった。
店の前には、一頭の馬が準備されている。
そして店の中から、近藤が現れた。


「近藤さん、その格好は?」

「ああ、これ?」


近藤家の家紋が入った裃を身に纏い、の前へと歩み寄る。
「これから行く所は、この服装の方が都合がいいんだよねぇ。」
一体何処へ連れて行くつもりなのか。




「さてと…失礼。」
「きゃっ!?」




近藤はを抱え上げると、店の前に準備していた馬へと跨がせた。
そして、の前に自分も跨ると、手綱を取りこう言った。
「ちょっと飛ばすから、しっかり掴まっててくれよ。」
「…………!?」




あまりの早さと揺れに、は恐怖を覚え夢中で近藤にしがみ付いた。
周りの景色世見る余裕などなく、気がつけば
目の前には葵の御門の付いたヘリが見えた。
近藤は先に降りると、を抱え降ろし、そのままヘリへと連れて行く。
「こっ…近藤さん。一体何処に行く気ですか?」
「ん〜?言ってなかったっけ?会津だよ。
ここからなら一刻もかからないと思うよ。」
「………!!」
驚きのあまり、は声も出なかった。
と同じに、近藤が裃を付けた正装でいた事に合点がいったのだった。










二人が会津入りした頃、城下町では既に公行列が始まっていた。
容保も正装で馬に跨り、隊列に加わり町を闊歩する。
掻け付けた沿道の参列者に笑顔で手を振っている時、
その目が居る筈のない二人を視界に捉えた。
「近藤……とさん!?」
二人の姿は、直ぐに参列者に紛れ見えなくなってしまった。
引き返したい思いを抑えつつ、容保はそのまま馬を進めていった。



「行ってしまいましたね。」
「でも、俺達の姿に気付いてくれたみたいだねぇ〜♪」
近藤はとても嬉しそうである。
「さてと、先回りしようか。」
そう言うと、近藤はを若松城へと連れて行った。









辺りが静まり返り、日が傾き始めた頃。
供を連れた容保が、会津城へ戻ってきた。
「殿、お帰りなさいませ。」
そう言って容保の前で平伏する近藤。
「驚いたぞ、まさかそなた達が会津へ来ておるとは…」
二人のやり取りと雰囲気に、慌ててもその場に正座し平伏した。
容保はその様子を見つめながら、くすくすと笑う。
「面を上げよ。そなたは家臣ではないのだから、畏まる必要はない。」
そう言われて、顔を上げたの目に飛び込んできたのは、
今までに見た事のない、容保の柔らかい笑顔であった。




「何故だろうな。会津に来てからずっと、そなたの顔ばかり
浮かんでおったのだ。会いたかったぞ。」




そして、近藤に向き直る。
「そなたの心遣い、嬉しく思う。改めて例を言う。」
「殿の恩為ならば、この近藤、身を粉にしてもお仕え致します。」






店では見られない二人の姿がそこにあった。






…が、その雰囲気は程なくして、近藤によって打ち消されるのだった。
「と、堅苦しいのはここまでにして。
俺は一足先に戻ってるから、お二人さんはどうぞごゆっくり〜。」
そう言って悪戯な笑顔を向けると、近藤は部屋を出ていってしまった。













「今日は来てないんですか?」
「そういえば、容保さんがいないような…」
「近藤さんも見かけないけど?」


店内を見回し、首を傾げる
「何だオメーら聞いてねぇのか?」
「……?」
「あの三人なら、今頃会津に居るよ。」



「…………会津ぅ〜っ!?」



一瞬の沈黙の後、驚きの顔を上げた三人は顔を見合わせる。
「昨日は近藤さんと会うって話しか聞いてませんでしたよ。」
「え、そうなの?近藤さん一週間くらい前から、
幕府専用のへりこぷたーを借りるのに奔走してたよね。」
永倉や藤堂は、この計画を最初から知っていたようだ。


恐るべし近藤。
男女の仲に関しては、鋭い洞察力の持ち主である。
少々やり方が強引ではあるが……
流石はナンバーワンである。
この細かい配慮が、数多の女性の心を魅了するのかもしれない。


「そういえば、先程近藤さんから連絡が入ったぞ。」
奥から出てきた土方が、その話に加わる。
「近藤さん一人だけ、先に戻ってくるそうだ。」
「え………?」
「じゃあ、容保さんとは…」
「二人っきりってこと?」








その夜会津若松城で何があったかは、容保としか知らない。



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